八木さんは、現職時代、不正法人を摘発、法人の建て直しを実践された方です。第三者委員会報告を評価しながらも、刑事責任追及や不正が保育内容の劣化となっていることの解明が不十分なことを指摘されています。特に、保育内容の改善について、保護者と現場の保育士が連携して取り組むこと、行政が社会福祉法人への指導、監査を確実にすべきと訴えています。
調査報告は法人改革への第一歩 ―第三者委員会調査報告を読んで― 八木敬雄
1、理事長ら一族の排除、役員体制の一新は出発点
この報告が理事長らへの利益供与の実態を(部分的ではあるが)詳細に指摘したうえで、理事長一族の排除を提言し、さらに理事長らの悪行を黙認、擁護してきた理事会の一新を求めていることは的を射たものとして評価できる。
「よりよい保育・幼児教育を考える芦屋市民の会」が第三者委員会に提出した告発文に挙げた不正事実の多くが調査対象として取り上げられた。第三者委員会による調査という方式に疑念を抱いていたが、予想を超え、問題の根幹に迫ったものとして鮮烈な印象を受けたというのが、率直な感想である。
県は、監査結果による是正措置を求めることなく、第三者委員会の設置を法人に指示した。法人の自浄作用に任せるこの方式を不審に思った私は監査担当者に面会し、委員会の中立性の確保、調査権限の実効性に疑問を投げかけ、最後に、第三者委員会に調査をゆだねたことで県としての対応は終わるのかと尋ねた。報告が出れば、県は、法人がその内容に従って対応するかどうかをチェックするというのがその際の答えであった。
提言を活かすためには、法人内外からの見守りと一新されるであろう役員らへの働きかけが引き続き必要だ。この調査報告を、夢工房が利用者へのサービスを第一とする本来の姿を取り戻すための第一歩として位置づけ、今後の取り組みに期待したい。
2、第三者委員会の調査としての限界
しかし、報告には法人の組織である第三者委員会による調査としての限界も散見される。
県の監査担当者に第三者委員会の調査範囲は、監査で指摘した事項に限られるのか尋ねたところ、そうではなく法人運営全体が対象だと説明されたので、保育内容、職員処遇についても問題を把握するよう要請したのだが、調査範囲は、やはり限定的であった。
①保育内容の質と職員処遇は問題外か?不正経理の被害者は子どもたちと職員
最も気になるのは、保育内容の質の問題と職員の処遇の問題とが殆ど調査されていないことである。保育内容については、全文77ページ中わずかに半ページにすぎない。
p69「利用者、従業員の便宜を二の次とする利益優先主義」で「寄せられた情報を見る限り特に保育・教育環境に対する不満は深刻である」としながらも、「おもちゃも百円均一店で調達された」等を例示し「子ども保育が切り詰められていた状況が現実にありそうである。」と述べるにとどまり、職員処遇に関しては、厨房職員のマスクなどが職員の自己負担であったことを指摘するのみで、「職員にしわ寄せがきていることも、多数見受けられるようである。」と推測の形で締めくくっている。
退勤時間の偽装を職員に強要した労働基準法違反のサービス残業の強制はP68に「残業せざるを得ない状況でも残業代が支払われない」ことを未確認情報としている。職員の定着率が悪く、経験の浅い保育士が多いことなど保育の質に影響する態勢、職員の配置状況や休暇の少なさなど、調査すれば容易に明らかにできる基本問題には触れていない。
調査目的である「理事長等関係者への特別な利益供与」とは関係ないということだろうが、不正経理の被害者は、子どもたちと保護者、職員である。
委員会に直接通報できる専用アドレスを開設したのだから、多くの貴重な情報が寄せられたはずである。「人員的な制約から寄せられた情報のすべてを検討できたわけではない。」(報告書P10)という事情はあるにせよ、隠ぺい工作や調査妨害がある状況下で、寄せられた情報の調査確認に時間を割いてもよかったのではなかろうか。私はこのメールアドレスへの通報が多すぎて調査が遅れているとの噂があったことを現場職員から聞いている。
②会計状況からもうかがえる劣悪な保育環境
8月のシンポジウムで指摘したように、50%台という著しく低い人件費率(平均は75%程度)と19.4%という異常に高い利益率(平均的な法人は5%前後)の問題は無視できない。不正経理である利用供与を経費参入したうえでの数値である。次期繰越金が30億を超え、純資産が70億を超える平成27年度決算からみて、保育現場での徹底した経費節減は明らかで 職員待遇や子どもたちの保育内容の貧困さは覆うべくもないはずである。
行政は、職員処遇や、職員配置、保育内容の質についても監査を継続して行うべきだし、法人としてもこれらの問題について調査分析し、抜本的な改善策を確立する取り組みが求められる。この際、外部からの保育についての専門的な目による調査分析(山手夢保育園の福祉サービス第三者評価結果では、すべての項目でA評価とされているが、このような表面的な評価では意味がない。保育の専門家による実態に即した評価)を参考にしながら、現場からの職員、保護者からの声を積み上げていくことが大切だと思う。
③報告書にみる企業経営的感覚
理事長給与は年収約2600万円(p22)という高額であるが、報告は「黒字の法人代表の代表者の給与、手当としては、絶対的に高額すぎるとまでは言えない」としている。営利企業ならばともかく、税と保護者からの保育料を財源としている公益法人としてはどうだろうか。(2012年の実績で、兵庫県知事年収約1,800万円、大阪府知事年収約1,300万円、多数の施設を経営する大阪府社会福祉事業団の理事長は月額50万円である。)
もともと社会福祉法人の理事長は無報酬とされていた。施設会計から本部会計への資金移動が限定的に認められるようになり、報酬の支給も可能になったが、財源は、企業活動による利潤ではなく、公金であることを踏まえた水準とすべきである。また、決して高いとは言えない現場職員の給与水準との比較においても妥当性を検討すべきであろう。
理事長の家賃月30万円の借上げ住居も「法人代表者が、法人が借り上げた社宅に住む例が、世間にないわけではなく」というが、社会福祉法人でこのような例があるだろうか。
なお、理事長の妻は施設長の給与(年間15,106千円)以外に本部会計からも給与支給があるが、国が示した保育所運営費の経理に関する基準に明らかに違反し、不当支出である。(「法人の役員等が保育所の施設長等を兼務している場合の役員報酬は対象経費として認められない。」平成24年11月5日改正・平成12年6月16日児保第21号通知の(問13))
事業規模の急速な拡大について「理事長は、華々しい実績を上げてきたといえる。」と評価している。絶対的な発言力が理事長にあり、不正が継続されてきた要因の原因に言及する文脈中ではあるが、このような評価は企業経営者に対するもののように感じる。事業の急速な拡大は資金回転のためであり、不正経理を招く要因そのものであったのではないか。
④不正経理の全容の調査は未了
報告書自体が述べているように、多くの項目が今後の調査に委ねられ、随所で、不正か否かの判断を保留し、不正金額の確定や期間の算定を今後の検討課題としている。「その他の私的流用」という項目で「こうした類の不正は氷山の一角といわざるを得ない。」と述べているが、法人名義のクレジットカードを理事長ら一族が使用していたことだけを見ても、私的流用がもっと広範囲におこなわれたであろうと推測される。
新しい体制による調査、行政による監査の継続によって不正の全容解明が必要である。
3、報告書への若干の疑問
第三者委員会に事務局的な手足がなく委員自ら調査に当たったのだとしたら、強制的な調査権限がない状況のなかで相当の労力を割かれたことだろう。人員的な制約から調査が尽くせなかった事情を承知したうえで、若干の疑問点をあげさせていただきたい。
①架空職員への給与支払いに対する刑事責任について
理事長の義母及び実母宅の家政婦への給与支給については、背任罪の成立の可能性に言及しているが理事長の実母への給与支給、娘、息子への学費支給、給与支給に関しては刑事責任について触れていない。不正行為は同様であるのにこの扱いの差はなぜか。
②刑事責任の追及について
退陣した役員らに刑事責任があると考えられる場合、損害を受けた法人が前役員らを刑事告発するというのが通例だと思うが、刑事責任について言及しながらその対応について
触れていない。また、実務的な経理担当者らも違法不当な行為の実行者としての責任を問うべきではないだろうか。私がかかわった社会福祉法人の不正にかかわる刑事事件で、経理実務者も起訴をまぬかれたものの、被疑者として検事の取り調べを受けた事例がある。
③理事長の実母の勤務実態を20%と認定したこと
施設長としての役割を果たしていないのなら、勤務実績は無いと判断すべきではないだろうか。
④海外研修にかかる費用について
そもそも海外研修そのものが法人運営に必要な業務であったのか検討が必要と思われる。
4、法人の健全な再生にむかって(まとめ)
最初に述べたように今回の調査報告は法人正常化への出発点となる。行政監査がきっか
けであったが、芦屋市でのこども園の新設計画への問題提起、設置断念の決定を経て、法人全体の改革へと道が開けた。
不正まみれの経営陣の影響を完全に断ち切り、子どもたちの健やかな育ちを第一に考え
る保育所運営ができる法人の体制を築き上げていかなければならない。
そのためには、保育現場からの声が推進力になることが不可欠であろうと思う
第三者委員会の提言の実行、第三者委員会が今後の課題とした諸問題についての調査分析の継続と新しい法人体制の構築が当面の課題であるが、具体的な保育所の在り方について早急に改善項目をまとめ、新たな経営陣に提案し、その実現のために保護者と現場の保育士が連携して取り組むことが望まれる。
最後に、行政がその役割(保育の実施、保育所、社会福祉法人への指導、監査など)を確実に果たすべきであることを指摘しておきたい。以上
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